映画『海賊と呼ばれた男』が劇場公開されることになります。

 

その本編の主人公となる国岡鐵造のモデルは、出光興産の創業者・出光佐三となりますが、特に深くかかわるのが日田重太郎という人物になります。

 

常識ではありえない繋がりを持つ、日田重太郎との関係を見ていきたいと思います。

国岡鐵造のモデル、出光佐三とはどんな人!?

 

『海賊と呼ばれた男』の主人公となる国岡鐵造は、かつて存在した出光佐三をモデルとしているようです。

 

このモデルとなる人物は、現在も存続する出光興産の創業者で、ドライバーお馴染みのあの石油会社になります。

 

出光興産

 

石油関係の大企業となる出光ですが、本作は1945年の戦後の間もない時期を舞台にした物語となります。

 

戦後の日本で、物資不足に陥る状況の中、国岡鐵造が保有するタンカー・日承丸を秘密裏にイランに派遣して、石油を直接輸入するという物語。

 

海外の石油メジャーやイランに権益を持つイギリスの目をかいくぐる過程の中で、なぜ国岡鐵造が海賊と呼ばれるのかを紐解くことになります。

 

さてこうした一大事業を成し遂げるにあたり、国岡鐵造ことモデルの出光佐三を陰ながら支えるのが、日田重太郎という人物です。

 

国岡鐵造と日田重太郎の関係、間柄について。

海賊と呼ばれた男

 

さて国岡鐵造を語る上で欠かせない人物に、資産家となる日田重太郎という人物がいます。

 

日田重太郎は、国岡鐵造が若い頃に会社設立の際、自身の京都の家を売り払って会社設立のための資金を作りつつ、返済不要の条件で援助したとされています。

 

通常、資金が必要な場合には、銀行から融資を募ったり、今では株式会社を設立し、株主から資金を集めたりするのが一般的です。

 

それを日田重太郎は、返済不要というとんでもない条件で貸し出しを行っています。

 

貸し出しというより、もはや譲渡と同義です!

 

国岡鐵造のモデルとなる出光佐三が相当に信頼のおける人物であったことは間違いないでしょう。

 

日田重太郎には奥さんやその子供となる家族がいて、確実に反対を押し切ってのことだと思いますが、現在の日本の一部を創る過程ですさまじいドラマがあったことがわかります。

 

ちなみに京都の家は、6000円ほどで売れたそうで、現在の貨幣価値に換算するとおよそ6000万円ほどになるそうです。

 

それを原資にして、国岡鐵造が会社を設立することになります。

 

日田重太郎の神戸の家について。

出光佐三

 

もちろん、これですべて万事成功というわけでなく、直後に起業の難しさに直面し、国岡鐵造を苦しめることになります。

 

事業が軌道に乗らず、日田重太郎の資金を3年余りで枯渇させることになります。

 

そのため国岡鐵造は事業を停止させ、廃業を決意することになりますが、それを知った日田重太郎は激怒します。

 

もし資金が心配であれば、神戸の家があるからまた売ると日田重太郎が申し出ることで、国岡鐵造に再び事業への決意をさせるに至ります。

 

その後、事業として徐々に成功していき、また本作のイランからの直輸入を成功させて大団円、今の日本の大企業として残ることとなります。

 

事業の要となる資金という点で、それを補佐した日田重太郎は、国岡鐵造にとってまさにかけがえのない人物と言えるでしょう。